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ベンチャーズはムズい 

きょうやっと船底のペンキ塗りが終わった。

那覇へ出たときにペイントローラーの替えを買うの忘れて

苦肉の策でアマゾンへまとめ注文をし、到着を待っていたのでした。

ついでにクリーパーという寝ながら移動出来るキャスター付きの板も買ってみた。

安モンなのでキャスターの動きが悪くてあまり使えない(笑)

さて来る6/9は毎年恒例のRockの日でゲルマで呑み呑みライブをやる。

今年はなにをやろうかなぁ~となんとなく考えていたら「ベンチャーズ」をやろうと言い出した。

パイプラインとかダイヤモンドヘッドとか有名なのは知ってるけど

ビートルズで産声を上げ、ツェッペリンで歩き始めたおれは

自慢じゃないがベンチャーズほとんど聞いて育っていないのだ。

「基本中の基本」とかいうけどさぁ~~~ってことでベンチャーズの練習を始めたのだった。

とりあえずはダイヤモンドヘッドとパイプラインをやって(アコギでやるとかやらんとか)

ROCKっぽい10番街の殺人はどうかなぁ~って思ってるんだけど。

これがまたね、基本がなってないからちょっとムズいのよ(笑)

貼り付けておきましょうねぇ~時間があったら弾いてみたらいいよぉ。

charの「10番街の殺人」



これやろうとしてるんだけど

反射神経の衰えたオヤジには、ちと早い。

Bluesといえばクラプトンだが・・・ 

沖縄地方も梅雨入りの発表がありました。

奄美地方の翌日と遅れましたが平年より1日早いらしい。

きょうはかなりジメ~っとしており、不快指数は相当高めだと思われます。

カビとの闘いも本格化して行きます。

さて本日は伝説のブルースマン「ロバートジョンソン」の生誕日。

1911年5月8日ミシシッピ州ヘーズルハーストで生まれたらしい。

「十字路で悪魔に魂を売り渡して、その引き換えにテクニックを身につけた」

クロスロード伝説で有名なブルースシンガー。

レコーディングはたったの2回で29曲。テイクだけだと50くらいあるらしい。

わたしが知ったのは中学生のころで、勿論クリームの「クロスロード」の作曲者としてで

その頃ミシシッピ・デルタブルースに興味があったわけでない。

ロバートジョンソン自身のCDは1枚も所持していなく、

すべてクラプトンとストーンズを介して知っているに過ぎない。

27歳で亡くなっていて、その「27歳」に興味津々であった。

ジミヘン、ジャニスジョプリン、ブライアンジョーンズ(ストーンズ)、ジムモリスン(ドアーズ)

カートコバーン(ニルヴァーナ)、エイミーワインハウス、そしてピートハム(バドフィンガー)

その他大勢のミュージシャンや芸術家など27歳で亡くなっている。

27歳で死ねなかったクラプトンは薬とアルコールでボロボロにしてしまうのだが

彼は「音楽が助けてくれた」と告白している。その音楽とはブルースであるのは明白で

周囲の人に支えられながら音楽にしがみつきブルースを「売れる」にまでしたひとである。

驚異的な女性遍歴を経て結婚し2児?の父となり幸せな人生となったのも

ひとえにブルースを愛しつづけたことの恩恵だと思うのであります。

ま、そんな5/8である。5/8だからゴヤーの日でもあるけど・・・

んで例によってとなりの島の音楽仲間とブルースを弾いて歌って呑もうじゃないか!

てな、今夜であります。

なんか梅雨の話から音楽話27クラブになってしまいました。

ninjin-hikariumiushi0180502.jpg

これって
ニンジンヒカリウミウシでいいのかなぁ~

奇妙礼太郎って知ってるか? 

寒い毎日でございますが

今日は太陽が出てきて日中車の中にいると

とっても温かかった。

なぜ車の中なのかっていうと・・・

今日は娘の成人式のお祝いのお返しを配ってたからに他ならない。

島中を車で回り、お祝いをいただいたおうち1軒1軒を周りまして

資生堂パーラーより買い求めた菓子折りを配ったのでした。

そのホカホカ陽気の車中で奇妙礼太郎という少し変ったミュージシャンの唄う

松田セイコの「白いパラソル」が頭の中でずっと鳴り続け、

とってもよい気持ちでした。

ちょっと前にサントリーオールフリーのCMで流れたヤツです。




この梅雨最大の嵐(ーー;) 

まったく・・・いい加減にして欲しいものです。

5日くらい連日の大雨で、それでなくとも参ってるのに

ついに嵐になった。

最大風速は17mで台風に近い強さで吹きつけてきた。

沖縄気象台の予想波高は3mであったけど全便欠航。

そしてなによりも最高気温が24度。 実際には22度しかないはず。。。久々に寒い。

なので連日録りためた映画の消化を積極的に行っているわけであるが

中国のGC入りのモンスターアクション映画を観たら、ところどころパクっていて

やっぱりパクリ文化なんだなぁ~と改めて思った。日本も同じだけどね(笑)

そんなたくさん観た中で秀逸だったのは「テッド2」かな。

映画そのものの物語、内容などは1作目には敵わないけど

中で使われている挿入歌とテッドのジョーク、ひとを小ばかにする替え歌は天下一品。

思わず大声で笑ってしまったのが、テッドが逃げ込んだ熊のヌイグルミ群から

テッドを判明させるために敵が「スイートキャロライン」を唄うと、

ものの見事に合いの手をいれてばれてしまうシーン。これには笑わせられた。

こんなのが随所に散りばめられていて、とっても楽しい映画になってました。

そして、野宿のシーンでアマンダ・セイフライドが弾き語りする”Mean Ol' Moon”の出来が最高。

エンディングではノラジョーンズが同曲を唄っているけど、アマンダもさすが、ひけはとっていません。

もともと映画で良く唄う子(笑)で、ギターも弾いてるよね。←高いMARTIN

お時間があってTSUTAYAなどへ行かれたら是非どうぞ。

ってことで、アマンダのMean Ol' Moonです




出だしの一節です。あとはご自分で(#^.^#)

Bb       G
Mean ol’ moon
Cm       F
It must be fun
Bb        G
To shine upon me

あのとき君は若かった 

日本のロックおよびポップスを長きに渡って牽引してきた

ムッシュかまやつさんが亡くなった。

小さい頃からスパイダースのファンで、マチャアキもさることながら

井上タカユキもいたスパイダース。

「バンバンバン」はエレキで格好良く弾くのが大好きでした。

そんなかまやつさんとは

1974年中3の冬2月、ロッドスチュアート&フェイセズの初来日の武道館公演。

ベースはFreeにいた山内テツということもあり大盛り上がりの来日でした。

前座のジョー中山やファニーカンパニー(桑名正博)が終わり小休憩。

昔はこんなインターバルがあってもみんなお行儀よくしていたもんです。

そのときトイレへ・・・当然長蛇の列であるがお行儀よく並び、金隠しのまえへ。

放尿の寸前にとなりに見たことのある長い髪、黒いハンチング・・・ん?

ムッシュかまやつさんじゃないっすかぁ~~~~。


んで、「あ、こんちには、どうも」と放尿しながら挨拶。

ムッシュも「どうも」とやはり放尿しながら笑顔で言ってくれました。いいひとでした。

勝手に「立ちション友」などと言わせていただいておりました。

先日、容態が悪化し緊急入院したまま病院でなくなられたということ。。。。残念。

きょう「あの時君は若かった」を2度唄わせていただきました。 。。。合掌


1977年のライブ音源がyoutubeにありました。